カブトムシの幼虫、さなぎの育て方2018年

虫好きな猫たちのために、ベランダでカブトムシの幼虫を育てる悪戦苦闘の物語

猫とカブトムシ⑤(猫たちがカブトムシを襲わなかった理由(AI「人工知能」の視点から)「”猫の知能は人間の3歳程度”だが、それを補っても余りある知性を9000年前から猫は持っていた。だから”ネコはありのままで完璧だった”」

「猫はカブトムシを襲ってしまうのでは?」この疑問に対し、これまで「人類と猫の歴史的視点」と「猫のDNA調査に基づく科学的視点」の両面から、考察してきた。今回はさらに、コンピュータの最先端技術であるAI「人工知能」の視点から考察してみよう。

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1.前回の考察の要点(「猫のDNA調査」に基づく科学的視点から)

(1)多くの野生動物は「人間に有益な特徴」を際立たせるように、人間によって遺伝子レベルで変化させられ、家畜化された。例えば、オオカミは犬に、イノシシは豚に、遺伝子レベルで変化させられ、家畜化された。

(2)しかし、猫は、違った。過去9000年間の猫のDNA調査の結果、猫は、人間と共生を始めた約9000年前から、遺伝子レベルで変化が存在しなかった。つまり、研究者が「人間がネコを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」と指摘するように、猫は、他の動物と違って、人間によって「家畜化」された動物ではなかった。

(3)なぜ、猫だけが人間によって「家畜化」されなかったのか?

研究者が「ネコはありのままで完璧だった」と指摘するように、野生動物としての猫は、そのまま、過去9000年間、人間が理想とする家畜として、必要かつ十分な能力を備えていた。実際に、猫は「人間に教えられなくても」、トイレにしろ、食事にしろ、あらゆる面で、人間の生活に順応した行動をとる。だから、猫だけは、他の動物と違って、過去9000年間、人間によって「家畜化」されなかった。人間にとって猫は、そもそも「家畜化」する必要が無い動物だったのだ。

(4)なぜ、猫は人間によって「家畜化」されなかったのに、猫は家畜になったのか?

研究者が「人間はネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけ」 と指摘するように、猫は、自分から人間の家畜になったのだ。猫は、「人間に教えられなくても」、「穀物庫の番人役」(害獣・害虫ハンター)として自ら学んで人と暮らす道を選んだ。つまり、猫は、「人間に教えられなくても」、人間の判断基準(「何が害獣・害虫で、何が益獣・益虫なのか」)に合わせて自らの判断基準(「何が敵で、何が仲間か」)を決定してきた(共感力)。このように、猫は、自分から人間の家畜になったので、「人間にとって非常に手間のかからない動物」だったのだ。

(5)猫たちがカブトムシを襲わなかった理由も同じ

今回、猫たちがカブトムシを襲わなかった理由も同じだ。猫は、「人間に教えられなくても」、トイレにしろ、食事にしろ、あらゆる面で、人間の生活に順応した行動をとる。人間が嫌な思いをすると、それを避ける行動をとる。猫は、「人間にとって非常に手間のかからない動物」だ。猫には、他の動物と違って、人間の本心を汲み取り、人間が求めていることを察して行動する知性がある。今回も、猫たちは、人間の判断基準(”カブトムシは害虫ではなくペットだ”)に合わせて、自らの判断基準(”カブトムシは敵ではなく仲間だ”)を決定したのだろう。だから、猫たちは”人間に教えられなくても”、カブトムシを世話する人間の行動を見ただけで、”カブトムシは敵ではなく仲間だ”と理解できたのだろう。

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2. 今回の考察の要点(AI「人工知能」の視点から)

科学的に「猫の知能は人間の3歳程度、犬より若干劣る」と言われている。しかし、一方で、研究者が「ネコはありのままで完璧だった」と指摘するように、野生動物としての猫は、他の動物と違って、過去9000年間、人間が理想とする家畜として必要かつ十分な能力を備えていた(そのため、猫は、他の動物と違って人間によって家畜化されなかった)。この2つの科学的事実は、果たして矛盾しないのだろうか?

確かに「猫の知能は人間の3歳程度」だが、それを補っても余りある「知性」を9000年前から猫は持っていた。それは、コンピュータの最先端技術であるAI「人工知能」の限界点を超える「知性」だ。

「知能」と「知性」の決定的な違いは「心や感情」の支えがあるか否かだ。「知能」は「心や感情」が度外視されている概念だが、「知性」は「心や感情」に支えられた概念だ。そもそも「知能」と「知性」は次元が異なる概念なのだ。つまり、「心や感情」が度外視された「知能の次元」では「猫の知能は人間の3歳程度」だが、「心や感情」に支えられた「知性の次元」では「ネコはありのままで完璧だった」のだ。

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3.AI「人工知能」の限界点

21世紀に入り、AI「人工知能」は、人間が行うほぼ全ての「単純作業」を代行することが可能となった。AI「人工知能」のこの急激な発展を支えたのが、AI「人工知能」に「学習」させる技術の進化だ(機械学習から深層学習へ)。AI「人工知能」を使うには、事前に膨大なデータを用意して人間が「学習」させる必要がある。また、AI「人工知能」は「心や感情」を持てない。そこで、AI「人工知能」には以下のような限界点があると言われている。

(1)AI「人工知能」を使うには人間が「学習」させる必要がある。そのため、

  ①「過去に全く存在しない事例への対処」が出来ない。
  ②「明確な正解が存在しない仕事」が出来ない。
  ③「驚きやひらめきによる発想・発明」が出来ない。

(2)AI「人工知能」は、「心や感情」を持てない。そのため、

  ①「自分の行動に対して興味を持つこと」が出来ない。
  ②「人間の感情を理解し、寄り添うこと」が出来ない。
  ③「人間の心を激しく揺さぶること」が出来ない。

(3)AI「人工知能」は、「作る」こと事より、「学習」させる事の方が、実は「人間にとって非常に手間がかかる」

このように、AI「人工知能」は、人間が行うほぼ全ての「単純作業」を代行することが可能だが、AI「人工知能」を使うには人間が「学習」させる必要がある。AI「人工知能」の赤ちゃんを一人前のAI「人工知能」にするためだ。AI「人工知能」は、その仕組みを「作る」こと事より、「学習」させる事の方が、実は「人間にとって非常に手間がかかる」のだ。

(4)AI「人工知能」は「心や感情」を必要とするほぼ全ての「仕事」に無力

また、AI「人工知能」は、「心や感情」を持てないため、「心や感情」を必要とするほぼ全ての「仕事」に無力だ((1)-①②③、(2)-③)。

更に、AI「人工知能」は、「心や感情」を持てないため、自分の行動に興味を持つことは出来ないし((2)-①)、人間の感情を理解することも出来ないから((2)-②)、人間に自らを合わせる能力「共感力」も持たない。従って、猫のように、人間の判断基準(”カブトムシは害虫ではなくペットだ”)に合わせて、自らの判断基準(”カブトムシは敵ではなく仲間だ”)を決定していくことは出来ない。

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4.AI「人工知能」の限界点を超える猫の「知性」

一方、「猫の知能は人間の3歳程度」であるため、猫は人間が行うほぼ全ての「単純作業」を代行することは出来ない。しかし、「3歳程度の知能」を補っても余りある「知性」を9000年前から猫は持っていた。それは、コンピュータの最先端技術であるAI「人工知能」の限界点を超える「知性」だ。

 (1)猫は9000年前から、「心や感情」を必要とする「仕事」を通して人類の文明に貢献してきた。

確かに「猫の知能は人間の3歳程度」であるため、猫は人間が行うほぼ全ての「単純作業」を代行することは出来ない。しかし、猫は人間同様、「心や感情」を持っているため、「心や感情」を必要とする人間の「仕事」に貢献できる(3-(1)-①②③、3-(2)-③)。事実、猫は、「穀物庫の番人役」(害獣・害虫ハンター)として、人類の文明初期から人類に貢献してきた。しかし、研究者が「人間はネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけ」 と指摘するように、人間は、他の家畜と違って猫には何も教えなかった。猫にとって人類は、まさしく「未知」の世界だった。そこで、猫は、「人間に教えられなくても」、人間の本心を汲み取り、人間が求めていることを察して行動することにより、人類の文明に貢献してきた。それは、まさに、「心や感情」を持てないAI「人工知能」の限界点を超える「知性」に他ならない。

(2)猫は9000年前から、人間に自らを合わせる能力「共感力」を持っていた。

猫は人間同様、「心や感情」を持っているため、自分の行動に興味を持つことは出来るし(3-(2)-①)、人間の感情を理解することも出来るから(3-(2)-②)、人間に自らを合わせる能力「共感力」を持つ。事実、猫は、「穀物庫の番人役」(害獣・害虫ハンター)として、人類の文明初期から人類に貢献してきた。猫は、「人間に教えられなくても」、人間の判断基準(「何が害獣・害虫で、何が益獣・益虫なのか」)に合わせて自らの判断基準(「何が敵で、何が仲間か」)を決定してきた(共感力)。それは、まさに、「心や感情」を持てないAI「人工知能」の限界点を超える「知性」に他ならない。

(3)猫は9000年前から、「人間にとって非常に手間のかからない」存在だった

研究者が「人間はネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけ」 と指摘するように、猫は9000年前から「人間にとって非常に手間のかからない」存在だった。事実、猫は、「人間に教えられなくても」、トイレにしろ、食事にしろ、あらゆる面で、人間の生活に順応した行動をとる。AI「人工知能」を使うには、事前に膨大なデータを用意して人間が「学習」させる必要があるが、猫に対しては9000年前から「人間はネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけ」 で良かったのである。

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 5.「知能」と「知性」は次元が異なる概念

このように、猫は、「人間の3歳程度の知能」を補っても余りある「知性」を9000年前から猫は持っていた。それは、コンピュータの最先端技術であるAI「人工知能」の限界点を超える「知性」だ。

「知能」と「知性」の決定的な違いは「心や感情」の支えがあるか否かだ。「知能」は「心や感情」が度外視されている概念だが、「知性」は「心や感情」に支えられた概念だ。そもそも「知能」と「知性」は次元が異なる概念なのだ。つまり、「心や感情」が度外視された「知能の次元」では「猫の知能は人間の3歳程度」だが、「心や感情」に支えられた「知性の次元」では「ネコはありのままで完璧だった」のだ。

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