カブトムシの幼虫、さなぎの育て方2018年

虫好きな猫たちのために、ベランダでカブトムシの幼虫を育てる悪戦苦闘の物語

カブトムシの大きさの秘密②「幼虫が”発育速度”を変えて”大型化・小型化”する仕組み」(「有効積算温度の法則」「温度ーサイズ則」。昆虫は変温動物であるため、発育に適した温度帯の範囲では、外気温が上がるほど幼虫期の発育速度は速まり、成虫サイズが小さくなる。逆に、外気温が下がるほど幼虫期の発育速度は遅くなり、成虫サイズが大きくなる)

前回、以下のように述べた。

(1)「カブトムシの初夏(6月上旬頃)の小型化」は「幼虫の発育速度が速いこと」が原因であり、「カブトムシの晩夏(8月上旬頃)の大型化」は「幼虫の発育速度が遅いこと」が原因である。
(2)したがって、これを飼育ケースで実現し、カブトムシの幼虫を健康な「オオカブト」「ミニカブト」に育てるには、単なる「幼虫のエサの質と量の調整」ではなく「幼虫の発育速度の調整」が必要になると考えられる。

それでは、カブトムシの幼虫が「発育速度」を変えて「大型化・小型化」する仕組みは何だろうか?f:id:chart15304560:20180901200533j:plain

(9月1日朝9時撮影。1匹目のオス、羽化56日目。今朝のように、外気温が30度未満の比較的涼しい朝はマットの上に居ることが多い)

1.一般的に生物の「発育」の速度は「温度」に比例する

(1)生物の「発育」は体内で起きる「化学反応」であり、「化学反応」の速度は、普通10℃の差で2~3倍変わる(温度係数Q10=2~3)。

(2)従って、一般的に生物の「発育」の速度は「温度」に比例する。

2.「変温動物」の「発育」は「恒温動物」と違って外気温に大きく左右される

(1)「恒温動物」(人間などの哺乳類やスズメなどの鳥類)

「恒温動物」は、「発育」に必要な「温度」を自ら作り出し調整することが出来るため、外気温の変動にかかわらず体温をほぼ一定に保つ事が出来る。そのため、「恒温動物」の「発育」は、外気温に大きく左右されない。

(2)「変温動物」(メダカなどの魚類や、カブトムシなどの昆虫類)

「変温動物」は、「発育」に必要な「温度」を自ら作り出す事は出来ない。そのため、「変温動物」の「発育」は、外気温に大きく左右される。多くの生物反応の温度係数(Q10値)は2~3であるから、外温度が10℃上昇するごとに「変温動物」の「発育速度」は2~3倍に増加することになる。

3.昆虫の発育有効温度帯(最低発育限界温度~最高発育限界温度)

(1)発育有効温度帯

このように「変温動物」である昆虫の「発育」は、外気温に大きく左右されるため、昆虫の「発育」には「発育に有効な一定の温度の範囲」(有効温度帯)が必要とされ、それより高い温度帯や低い温度帯では発育できない(最低発育限界温度~最高発育限界温度)。

(2)最低発育限界温度

昆虫は一 般に10℃以上の気温で発育し、それ以下では発育できない。10℃以下の気温になると発育を停止し、冬眠状態に入る。なお、具体的な「最低発育限界温度」は、各種昆虫の個体群ごとに異なる。

(3)最高発育限界温度

昆虫は一 般に35℃以下の気温で発育し、それ以上では発育できない。35℃以上の気温になると発育を停止し、それを5℃上回るだけで致死温度になる(42~50℃に数分から数時間暴露することで昆虫種の90%の死亡をもたらす)。なお、具体的な「最高発育限界温度」は、各種昆虫の個体群ごとに異なる。

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(9月1日朝9時撮影。「変温動物」であるカブトムシの体温は外気温に大きく左右される。そのため外気温が30度を超えると、地中に潜って外気温の影響を遮断する)

 4.有効積算温度の法則

(1)有効積算温度

「発育」には「発育期間」が必要であるため、昆虫が幼虫から成虫へ発育を遂げるためには、「瞬間的な温度」ではなく、「発育に有効な一定の温度(有効な温度の時間積分)」が必要となる。これは「有効積算温度」と呼ばれ、次の式で表される。

「有効積算温度」=「 発育期間」×(「発育期間中の日平均気温」ー「最低発育限界温度」)

例えば、「最低発育限界温度」が15℃である昆虫が、幼虫から成虫へ発育を遂げるために必要となる「有効積算温度」を求めてみよう。その昆虫が幼虫から成虫へ発育を遂げるために必要とした「 発育期間」を100日、「発育期間中の日平均気温」を22℃とすると、その昆虫が幼虫から成虫へ発育を遂げるために必要とした「有効積算温度」は700日℃であったことがわかる。

100日 ×(22℃ー15℃)=700日℃

(2)有効積算温度の法則

「有効積算温度」と「最低発育限界温度」は、各種昆虫の個体群ごとに固有の値(定数)を持つ。これは「有効積算温度の法則」と呼ばれ、次の式で表される。

「発育期間」=「有効積算温度」÷(発育期間中の日平均気温ー最低発育限界温度)

「有効積算温度」と「最低発育限界温度」は、各種昆虫の個体群ごとに固有の値(定数)であるため、「発育期間」は「発育期間中の日平均気温」に反比例する。つまり、「発育期間」は温度が高いと短く、温度が低いと長くなる。

例えば、「最低発育限界温度」が15℃で、「有効積算温度」が700日℃である昆虫が、幼虫から成虫へ発育を遂げるために必要とする「発育期間」は、その年の日平均気温の違いにより、次のように予測できる。

①「発育期間中の日平均気温」が20℃の場合は、

「発育期間」=700日℃ ÷(20℃ー15℃)=140日となる。

②「発育期間中の日平均気温」が22℃の場合は、

「発育期間」=700日℃ ÷(22℃ー15℃)=100日となる。

③「発育期間中の日平均気温」が25℃の場合は、

「発育期間」=700日℃ ÷(25℃ー15℃)=70日となる。

このように、昆虫は、発育に適した「発育有効温度帯」の範囲内では、外気温が上がるほど「発育期間」は短くなり、「発育速度」は速まる。外気温が下がるほど「発育期間」は長くなり、発育速度は遅くなる。

(3)補足1「成虫の出現時期」の予測(9/3追記)

このように、その年の「日平均気温」から、ある昆虫の幼虫の「発育期間」を予測できるのであれば、その昆虫の「成虫の出現時期」を予測することが出来る。この予測手法は主に農作物等に被害を与える「害虫」の駆除に役立っている。つまり、「害虫の出現時期」を「その年の日平均気温」の推移状況から予測することにより、「農薬や害虫駆除剤を撒く最適な時期」を予測することが出来る。これにより、農作物等に撒く「農薬や害虫駆除剤の量」を必要最低限に抑えることが可能となる。

(4)補足2「成虫の世代数(年間出現回数)」の予測(9/3追記)

①地域別「年間の有効積算温度」

昆虫は一 般に10℃以上の気温で発育し、それ以下では発育できない(最低発育限界温度)。そこで、ある地域の「1年のうち冬眠期間(10℃未満)を除いた発育可能期間(10℃以上)において昆虫が発育に使用できる温度」を「年間の有効積算温度」と呼び、「年間の有効積算温度」=「(日平均気温ー最低発育限界温度10℃)の1年間の積算値」(但し、日平均気温が最低発育限界温度10℃以上の日に限る)で表される。例えば北海道の北端ではおよそ770日℃、青森では1000日℃、東京では2200日℃、石垣島では4400日℃になる。

②「成虫の世代数(年間出現回数)」の予測

ある地域の「年間の有効積算温度」を基に、ある昆虫の「成虫の世代数(年間出現回数)」を予測することが出来る。

「成虫の世代数(年間出現回数)」=「年間の有効積算温度」÷「有効積算温度」

従って、「有効積算温度」が高い昆虫は年間の世代数が少なく、低い昆虫は世代数が多いということになる。

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(8月29日朝8時撮影。1匹目のオス、朝から外気温が高く蒸し暑い日は、外気温の影響を遮断するため、飼育ケースの底まで深くまで潜る)

5.「温度ーサイズ則」(temperature-size rule)

このように、昆虫は、発育に適した「発育有効温度帯」の範囲内では、

(1)外気温が上がるほど幼虫期の発育速度は速まり、成長率が高くなるため、幼虫は発育期聞を著しく短縮して成虫へと発育を遂げる。その結果、成虫の体サイズが小型化する。

(2)外気温が下がるほど幼虫期の発育速度は遅くなり、成長率が低くなるため、幼虫は発育期聞を著しく延長して成虫へと発育を遂げる。その結果、成虫の体サイズが大型化する。

(3)これを「温度ーサイズ則」(temperature-size rule) と呼ぴ、概ね80% 以上の変温動物に当てはまるとされている。  

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(8月29日朝8時撮影。2匹目のオス、マットは外気温を遮断し、カブトムシの体温を冷ます役目があるため、底の方まで十分加湿して、ひんやり湿った状態にしておく)

6.カブトムシの幼虫が「発育速度」を変えて「大型化・小型化」する仕組み

このように「有効積算温度の法則」及び「温度ーサイズ則」によれば、カブトムシの幼虫が「発育速度」を変えて「大型化・小型化」する仕組みは、以下のように説明できる。

(1)外気温が「発育有効温度帯」の上限(最高発育限界温度)に近づくほど、幼虫期の発育速度は速まり、成長率が高くなるため、カブトムシの幼虫は発育期聞を著しく短縮して「小型化」した成虫へと発育を遂げる。

(2)外気温が「発育有効温度帯」の下限(最低発育限界温度)に近づくほど、幼虫期の発育速度は遅くなり、成長率が低くなるため、カブトムシの幼虫は発育期聞を著しく延長して「大型化」した成虫へと発育を遂げる。

従って、【お盆休み番外編①】で述べた「小さなカブトムシほど初夏に出現し、大きなカブトムシほど晩夏に出現する傾向」の要因は、「カブトムシの幼虫の発育速度に影響を与える外気温」であったことがわかる。

それでは、「カブトムシの幼虫の発育速度に影響を与える外気温」とは何だろうか?「変温動物である昆虫類の発育速度や大きさの秘密」を解き明かす上で、ここでいう「外気温」が何を意味するのかが、最も重要なポイントである。

長くなるので、次回へ続く。 

参考資料1:「日本産昆虫、ダニの発育零点と有効積算温度定数:第 2版」

http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/bulletin/niaes31-1.pdf

参考資料2:「温度-サイズ則の適応的意義」

温度-サイズ則の適応的意義